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ひっぽ

 投稿者:勇造メール  投稿日:2019年10月17日(木)23時21分35秒
返信・引用
  NHKの東北のWEBニュースにインタビューされた言葉が出てました。

木皿さんがNHKの記事の中に登場しているのを教えてもらいました。無事で良かった。
https://www3.nhk.or.jp/tohoku-news/20191015/6000007398.html
 

気を取り直して

 投稿者:勇造メール  投稿日:2019年10月17日(木)22時14分31秒
返信・引用 編集済
  今年の東北ツアーは例年と逆回りで、10月6日が仙台、7日が丸森の筆甫、それから北上して釜石、陸前高田。
11日に当初は盛岡に泊まる予定だったのを一日早めて、13日のライブの秋田羽後町へ。
もしこの日に移動してなかったら、翌12日と13日は鉄道が休止で、羽後町のライブには間に合わなかった。
そして14日の山形余目のライブを終えて15日に京都に帰り着きました。

何と1週間前にライブをした丸森が大きな被害を受けて、今もニュースを聞くたびに、新聞を読むたびに心痛みます。
樋口さんが詳しく書いてくれているけれど、ライブ会場は車で20分ほど山に入った所の筆甫。
ここは日本で今までになかったような大雨だったよう。
主催者の一人、太田君家族は無事でした。
もう一人の木皿さんとはまだ電話連絡が取れてませんが、たぶん大丈夫。
(固定電話はつながらず。木皿さん、役場の職員なのでとても忙しいと思いあえて今は電話せず)

東北の列車の中で、状況が少し落ち着いたら電話しようと思ってメモした所は、筆甫、阿賀(新潟)、小田原、土浦、壬生、仙台、久慈(橘)無事で良かった!)、
高崎、平塚、東松山、郡山(OLD・SHEPの伊藤君は無事でした)
それぞれライブをしてきた土地で、沢山の顔が浮かびます。

こう書いていてもため息が出てしまう。でも気を取り直して、明日からの関東ツアーの準備を今から始めます。
 

丸森町の被害(続報です)

 投稿者:樋口徹メール  投稿日:2019年10月17日(木)13時51分43秒
返信・引用
  河北新報onlline news10/17より
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宮城・丸森中心部の孤立解消 被害の全容はいまだ不明
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 台風19号に伴う河川氾濫などで大規模な浸水被害に見舞われた宮城県丸森町は15日、中心部の浸水が終息し、町役場や町国民健康保険丸森病院の孤立状態が解消された。復旧作業が本格化しつつあるが、被害の全容把握に至っておらず、被災者の救助活動や行方不明者の捜索が続く。

 東北地方整備局によると町中心部の浸水面積は約50万5500平方メートルに達し、浸水深は深いところで一時1メートル以上になったとみられる。大量の倒木や土砂が川の水をせき止め、周辺の家屋に濁流が流れ込む被害が相次いだ。
 町役場から約600メートル南の飯泉地区では橋に木などがたまり、平常時と異なる川の流れが発生。道路を破壊するほどの水が流入し犠牲者が出た。住民の高齢男性は「地域に(避難の)声掛けはしたが、水がこんなに来るとは思わなかった」と悔やんだ。

 町役場周辺は15日、冠水の解消で車や人の往来が可能になり、職員が来庁した町民への応対や被害現場の確認などに追われた。一帯は道も家屋内も泥まみれで、住民らは床や道路にたまった泥をかき出した。

 役場近くに家族4人で暮らす主婦伊藤京子さん(55)は避難先から戻り「まさかこんなに」と大量の泥に驚いた。1階に10センチほどの泥がたまり、親類の手も借りて屋外に掃き出した。町内で続く断水が障害で「洗い流せる水がほしい。役場に復旧時期を問い合わせても分からないと言われる」とため息交じりに話した。

 町建設課によると、15日昼時点で町内全戸(4150戸)が断水。多数の水道管が道路ごと破損しているという。
 住民からは「家を建ててから10年もたっていない」「浸水した店舗はしばらく開けられない」などと嘆く声が聞かれた。無職渡辺武夫さん(72)は「命があるだけよかったが、これからも町に住み続けるか悩んでいる」と胸の内を明かした。

 ラーメン店「なるほどらーめん」の店主安達幸三さん(69)は「器も機材も全部処分しなければいけないが、常連客が期待しているはず。もう一回やり直したい」と前向きに語った。

https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201910/20191016_11018.html

 

Re: 丸森町

 投稿者:樋口徹メール  投稿日:2019年10月16日(水)22時16分2秒
返信・引用
  > No.724[元記事へ]

グーグルマップで調べたら、ライブ会場と川が決壊した坂下地区とは車で45分ほど離れた所でしたが。それにしても…
 

丸森町

 投稿者:樋口徹メール  投稿日:2019年10月16日(水)22時08分29秒
返信・引用
  勇造さんが7日にライブ演奏した丸森町
阿武隈川の支流が決壊して死者7名行方不明者5人…という大きな被害が出ています。みなさん、大丈夫だったんだろうか…。
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宮城・丸森町で新たに5人行方不明 何が起きたのか
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毎日新聞2019年10月16日 20時36分(最終更新 10月16日 21時12分)

被災当日を振り返る海川正則さん=宮城県丸森町で2019年10月16日午後4時48分、猪飼健史撮影

 台風19号で阿武隈川の支流が決壊した宮城県丸森町は16日、新たに5人が行方不明だと発表し、同日夕には死者も7人に達した。町内は今もほとんどの世帯で断水状態が続いている。急な浸水と土砂崩れにより、孤立する人たちを多く出した台風。被害は甚大で、生活再建の道筋はまだ見えない。

 16日、丸森町西部の坂下地区。行方不明になっている大槻利子さんを捜しに来た長男恵太さん(36)は、土砂に埋もれた木々の間から見つけた1枚の写真を手に取った。クラブ活動で集まった仲間と一緒にすまし顔の母。「多趣味なお袋らしい」と言葉を詰まらせた。

 11世帯39人が暮らした集落は土砂が積もり、電柱が倒れている。台風前の面影は見いだせない。住民の大槻武光さん(50)は「あの日は、地響きとともに始まった」と振り返る。

 12日午後9時過ぎ、ガシャンという音を聞いた。外を見ると、茶色い濁流が押し寄せており、家族を自宅2階に避難させた。1階は浸水したが、2階は無事だった。

 翌朝、地区を見回ると、利子さんと、90代になる利子さんの母竹子さんが住む家が流され、土台だけが残されていた。利子さんの妹の小野正子さんと夫の新一さん=いずれも60代=の夫婦も町内の自宅から避難してきていた。近くからは1人の遺体が見つかった。武光さんは「小さな集落で助け合って生きてきた。こんなことが起きるとは」と絶句した。

 武光さんから連絡を受けた恵太さんは毎日現場に訪れ、家族を捜している。父を早くに亡くし、厳しくも優しく育ててくれた母。どんな話も聞いてくれる祖母。よく遊びに来てくれた叔母夫婦。「早くみんなが見つかってほしい」と語る。

    ■

 町中心部に近い竹谷地区では支流の新川が決壊。自宅にいた会社員の伏見慶一さん(57)と無職の鶴巻健一さん(54)が亡くなった。地区に住む125世帯はお互いに顔見知りだった。自主防災会会長の海川正則さん(72)は「多くの人が被害に遭い、家も住める状態じゃない。これからどうすればいいのか」と肩を落とした。

捜索活動を見守る大槻恵太さん(手前)。母親が土砂に流されて安否不明のままだ=宮城県丸森町で2019年10月16日午後2時21分、平川義之撮影

 自宅隣の作業場にいた12日午後8時半ごろ、茶色い水が押し寄せた。数分のうちに首までつかり、近くにいた妻信子さん(69)と自宅まで泳いだ。自宅は1階が天井近くまで浸水し、階段を探して潜って泳ぐことを繰り返し、ようやく2階にたどり着いた。

 2階には一緒に住む長女道子さん(43)が避難していたが、ともに泳いできた信子さんの姿は見えなかった。床に穴を開けて1階をのぞくと、カーテンにしがみつく信子さんを見つけた。シーツを体に巻き付けさせて持ち上げようとしたができない。飛び降りて助けようとしたが、信子さんから「一緒に死んだらいけない」と懇願されて助けを待った。13日未明、救急隊に無事救出された。信子さんは「死ぬ思いをした」と振り返る。

 福島県境にある丸森町は、阿武隈川と多くの支流が流れる山に囲まれた盆地で農林業が盛んだ。人口は約1万3500人、高齢化が進み、65歳以上が約4割を占める。

 海川さんは地元で生まれ育ち、農業を営む。町内では1986年8月の台風10号で川が氾濫し、1人が亡くなったが、竹谷地区で大きな被害は出なかった。海川さんも「住民の多くは避難所に行かず、2階に取り残された。これほどの被害になるとは想像できなかった」と語る。

    ■

 阿武隈川の別の支流、五福谷川周辺でも大きな被害が出た。地元の民生委員、佐久間新平さん(70)宅近くでは住宅4棟が流され、多くの家が浸水被害に遭った。佐久間さんは2011年3月の東日本大震災を教訓に、地元の人たちが集まる新年会で一時避難の場所を伝えて、緊急連絡網を作ってきた。

 台風19号が来る直前も住民に声をかけ、避難所に決めた集会所に人を集めた。だが、避難所にも数分で水が押し寄せ、高台への避難を余儀なくされた。

 今は妻とともに避難所に身を寄せる。「備えはしていたが、想定外のスピードで水が押し寄せた。もう自宅に戻って暮らせないかもしれない」と話した。「東日本大震災の時は避難所にも行かずに済んだ。今回の台風の方が不安が大きい」【井川諒太郎、滝沢一誠、藤田花】

https://mainichi.jp/articles/20191016/k00/00m/040/255000c
 

ふう

 投稿者:たちばな@いわて  投稿日:2019年10月13日(日)16時08分42秒
返信・引用
  朝の5時までパソコンで、上流のダムの貯水量と下流の川の堤防までの高さとにらめっこした。
裏の田んぼはみるみる水が増えて稲穂の頭も見えなくなってる。
結果的にはダムの職員の放流量と流入量と雨の降り方のバランスが調整が見事だった。
ダム嫌いでも仕事の出来は評価したい。
幸い家も家族も何事もなく、またしても悪運が強い。
といいつつ、午前中は道路にはみ出した土砂のかたずけ、「腰が痛くなるし」と言いつつ言い出しっぺとなるのはいつものことだが。

川の規模が大きすぎても規模が小さすぎても、河川敷の規模を超えたら無理がある。
特にでかい川は人間の制圧を突破したら、制御不能となるのは津波と同様。
もっと自然におじけづいた災害対策はないのだろうか。

今日の秋田・羽後町のライブは役場のホームページを見たら、避難場所の指定もしてないから(とりあえず)無事に開催されると信じよう。
先日の釜石と陸前高田の様子が変に心配になる。
あちゃ!一番やばそうと思っていたタイマグラ(高田ライブの多数派)からは、https://www.facebook.com/taimagurafieldnote/だと。ありすぎる自然の恵みかな?
 

無茶苦茶

 投稿者:明今子メール  投稿日:2019年10月13日(日)11時38分12秒
返信・引用
  関東・甲信越・東北の皆様、豪雨・河の氾濫・浸水・土砂崩れ等、台風の被害に心が痛みます。
何もできない自分が悔しい。これ以上、みんなを苦しめないでほしい。
 

お気をつけて。

 投稿者:大地  投稿日:2019年10月13日(日)01時23分57秒
返信・引用
  台風が東北の方へと向かっているようです。
関東では川がたくさん氾濫した模様です。
ツアー中の勇造さん、勇造Liveのスタッフのみなさん、くれぐれもお気をつけ下さい。
何事もなく、ライブが盛況になりますように、
京都から祈っています。

森田大地
 

追記

 投稿者:たちばな@いわて  投稿日:2019年10月12日(土)15時11分24秒
返信・引用
  台風が直撃しそうです。何事もなければ脚色しようもあるけれど、今は書く気分には程遠いです。
水が溢れるときはほんの一瞬におとずれます。みなさん何事もなきように。
いま避難袋を点検していたら、電池の不備に気が付きました。

みなさん、怖気ずくことも必要ですよ。
 

さんりく勇造ライブ(プロローグ)

 投稿者:たちばな@いわて  投稿日:2019年10月11日(金)12時58分42秒
返信・引用 編集済
  今年のいわてのライブは釜石と陸前高田「さてどうしようと」迷いながらも、行くことを決めたのが円山を断念したとき。
落ちた視力とオンボロ車の性能を試したいのと、「復興道路(高速)は無料」というお上の説明を「手のひらは返すためにある」と信じ、無料のうちに一回使おうという性格の良さ。
まあ、仕事のタイミングが良かったのもあったが。

ライブの連荘というあまり聞かない経験談を書くことになるかと思っていたが、俺以上を行く方々がいたことに、ある種感銘を受け呆れながら(ほめているのよ ♥)今パソコンの前に座っている。

これから仕事に行くんで、なかみの釜石編と高田編とおまけは後日。


 

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