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たちばな@いわてさんへ

 投稿者:けい子メール  投稿日:2017年 9月25日(月)22時42分59秒
返信・引用
  言ってごらん、
もしも、若い君が苦労したら、
何か落目で
自分がかわいそうになったら、
その時にはちょっと胸をはって、
むかしのぼくのように言ってごらん、
〈マクシム、どうだ、
    青空を見ようじゃねえか〉

「マクシム」菅原克己

そして、ひがしのさんの歌 心にしみます。
私も、1971年の「三里塚幻野祭」で青空を見たかった。
今、三里塚物産のしそジュースを飲みながら、空想しています。
 

蚕小屋の映画

 投稿者:江上 正メール  投稿日:2017年 9月23日(土)10時50分46秒
返信・引用
  さいたま市の江上です。
実は本日、東松山の蚕小屋で僕の撮った映画の上映会があります。
当日の案内で申し訳ありませんが、またどこかで上映できればと思ってます。
予告篇あります。

http://youtu.be/odxlk80cNlg

 

さくらさん♪

 投稿者:高木 宏明  投稿日:2017年 9月22日(金)23時32分46秒
返信・引用
  山山堂の写真、ありがとうございます!
なるほど、「山の本」、「山の絵」で、山山堂ですか。
いい感じの建物ですねえ・・・こういう感じ好き。^^

さくらさん、やっぱり、近くまでいらっしゃてたんですね。
感じてましたよ、なんか、背中が・・・

♪男の背中で大の字に山山堂が燃える

って感じがしてました。

何ゆうとるんや、アホ!
山山堂燃やしたらあかんがな。

♪アホは安倍だけで十分

山山堂の関係者のみなさん、軽いギャグです。
一瞬たりとも不快な思いをさせたとしましたら、お許しください。

当日は山山堂の中、勇造さんの熱いライブで燃えましょう!^^
 

山山堂

 投稿者:さくらメール  投稿日:2017年 9月22日(金)22時32分11秒
返信・引用
  高木さん!この連休に名古屋に行ってたんですよ。
なんか背後に気配を感じませんでした?(笑)

で、山山堂を偵察してきました。
といっても、夜しかやってないようで、中には入れなかったんですが。
よさげな外観でしたよ。
 

itami♪

 投稿者:高木 宏明  投稿日:2017年 9月22日(金)19時59分55秒
返信・引用 編集済
  さくらさん、いつもありがとうございます!^^



>明日は痛み、いや伊丹(だれかこの洒落につっこんでくれたら嬉しいなあ)


駄洒落研究家(誰がやねん!)の、不肖高木がつっこみましょう(笑)。

豊田勇造という孤高の歌うたいが、僕が大量のウイスキーを体にぶち込んでも、
よう言わんような洒落を意図的に言うはずはありません(笑)。

これは恐らく「事故」ではないでしょうか。
勇造さんはフツーに伊丹と書こうと「itami」を変換したところ・・・、
「伊丹」以外に「痛み」と変換された文字が目に留まり、
「ちょっと遊んだれ」という感じではないでしょうか。
全然、違ったりしてね(笑)。

この春、「カルヴァドス」が閉店して、寂しく思っていたところ・・・、
名古屋に新しい会場が登場したようで、嬉しい限りです。^^

新会場は・・・覚王山の「山山堂」。なんか、面白そうな屋号ですね。^^
日時は・・・12月16日の土曜日、18時開場、19時開演。

よし、あとは、こちらの日程の調整だけ。
近くに豊田勇造が来ているのに行けない心の伊丹、いや痛み、わかりますかー?(笑)
 

いってらっしゃ~い♪

 投稿者:さくらメール  投稿日:2017年 9月22日(金)16時59分58秒
返信・引用
  時の経つのが矢より早い…あれからもう1年なんですね。
復興とは名ばかりの、埃まみれの中トラックが行き交う東北でした。
みなさん、お元気なのかな。

東北支援プロジェクトも細々と続けています。
現在228,095円あります。(勇造さん!お知らせした金額少々違いました)
今年は出来そうですが、来年は無理かもしれません。
みなさんのお気持ち次第なので、敢えてお願いはしませんけれど
来年もできたら嬉しいなと思っています。(笑)
勇造さん!東北楽しんできてくださいね。そしてみなさんによろしく!

>明日は痛み、いや伊丹(だれかこの洒落につっこんでくれたら嬉しいなあ)

勇造さん!ベタ過ぎて座布団あげらへん。もう少し高みを…(笑)

ヒバリちゃん、解説ありがと~!なるほどです。
ミャンマーもタイも大変で、なんかすっきりしませんね。
アメリカや日本は、北と同じ土俵に上がってしまうし
日本国内だってもう、なんて言っていいんだか状態。
自分の保身のために恥もなく行動できるような人がトップ。

どこにも真の横綱が居ないのが嘆かわしいです。
 

ご参考に

 投稿者:ヒバリ  投稿日:2017年 9月22日(金)14時40分39秒
返信・引用
  ビルマのロヒンギャ問題について、
なんでアウンサンスーチーがこの問題に消極的なのか、という疑問に思っていましたが、その参考に。
http://toyokeizai.net/articles/-/189180

1年半前に民政移管されたといっても、軍部の権力を保証する憲法は改正されておらず、
アウンサンスーチー(NLD政権)が最高権力を握っているとはとても言えないのが現状です。
というか、この問題を直接どうにもできないということで、そのことがやっと分かったというべきでしょうか。

しかも、ロヒンギャ問題の根は深く、始まりは第二次世界大戦におけるイギリス軍と日本軍の代理戦争です。それをビルマの軍事政権が、国民を支配するのにさらに利用して憎悪をあおった、という図式です。

この手法はいろいろな国で行われており、ラオスでもベトナム戦争の時アメリカのCIAが少数民族のモン族を使って同じようなことをしていました。その結果モン族の多くがラオスから追い出され、逃げ出さざる得なくなりました。一応アメリカは責任とって、アメリカ側についたモン族の人たちを難民として受け入れましたが。

一番非難すべきはむちゃくちゃな虐殺と弾圧を続けるビルマの軍部です。ビルマの政府が一枚岩ではない、ということを今の日本のシステムから見ると分かりにくいかも、ですが。戦時中の日本の軍部がそれぞれ別個に強い力を持っていたことを思うと、近いかもです。

タイも汚職にまみれた民主政権を軍部が無血クーデターで倒しましたが、こういった国の軍隊は、自衛隊とは全く違います。安倍政権は災害救助隊に近い自衛隊よりも、海外にも力を誇示できる戦争できる軍隊にしたい。戦車に乗ってヒットラーみたいに行進したいのでしょう。
 

明日からは東北ツアー

 投稿者:勇造メール  投稿日:2017年 9月22日(金)12時58分23秒
返信・引用 編集済
  佐世保へはライブの前日に無事着きました。
その日博多まで行ったら、乗り継ぎの特急が運休。「各停でも行けません」と駅員が言う。「明日の朝には動くかな」と尋ねると「さあどうでしょうね」。「とりあえず今夜は博多に泊まって、明日の列車に乗るか」。ふと、「そうだ高速バスが動いてるかも」と思い、博多駅近くの高速バスのターミナルへ行くと、何のことはない普通に佐世保行のバスが走ってた。
最近のJR、事故が起こるのを懸念して、早めに運転を取りやめてしまうのだ。この国の脆弱さの表れのひとつ、かな。
さて明日からは東北ツアー。明日は痛み、いや伊丹(だれかこの洒落につっこんでくれたら嬉しいなあ)から飛行機で新潟へ、、新潟駅で3時間待ってからJRの特急で山形県余目へ。余目の翌日からは秋田・羽後町、釜石、陸前高田、盛岡、仙台。
釜石と陸前高田は今年も<東日本勇造ファン支援ライブ>です。
さくらさん、いつも事務方有難う。支援してくれている皆んなにも感謝です!
たちばな@いわて   さん、< スーチーさんを考える。過去と現在と未来。彼女を支援(少しだけ)していたのだが、権力を持つとは難しいものだと。>
俺も同じ思いです。先日ビルマを旅しながら想ってました。
どこかでの再会を楽しみにしてますぞ。もちろん「大文字」もうたいます。有恒くんを思い浮かべながら。
 

けい子さんへ

 投稿者:たちばな@いわて  投稿日:2017年 9月20日(水)17時05分35秒
返信・引用
  もちろん「幻夜祭」が西部講堂の話だってのは知ってますよ。
10年少し前に聖地巡礼の旅で行ってきました。足を伸ばして「ほんやら洞」へも。

ほんの少し誘引されてどこかに溜まっていたのが、我慢できなかったことも。
ビルマの惨状を見聞きするにつけて、過去と現在と(あるのかな未来も)
しえているのか、自問自答の今現在です。

唄が好きなファンの方々を否定する気は毛頭ありませんが、そうじゃない俺もいるってことです。人それぞれ、自由に語ることもあっていいんだと。
 

幻野祭

 投稿者:たちばな@いわて  投稿日:2017年 9月20日(水)03時28分3秒
返信・引用
  けい子さん、やたら火をつなさんな。(笑い)

もしかしたらじゃなく、行けたのなら行きたかった「三里塚幻夜祭」何かがあったのかじゃなく、行ってみて「青空を見たかった」だけかもしれない。
今、眠れないのでひがしのさんの「マキシム」を聴いています。で、掲示板をみったら(爆

僕たちは手が届かないものを求めているのかもしれなし、手が届くものに気がついていないのかもしれない。なんてことを考える。

スーチーさんを考える。過去と現在と未来。
彼女を支援(少しだけ)していたのだが、権力を持つとは難しいものだと。
それで済む話じゃないのだけれど。

勇造さんのファンには申し訳ないけれど、絶えず現在との対象化のなかに勇造さんがいるものかと。(うたとは現在との「かかわりあい」の具現化などと)
「勇造愛」がこの板にかいま見られるように思います。
あえて石を投げるようなことをします。

豊田勇造の名を知ったのは1974年、唄をはじめて聴いたのは1976年。
古さを自慢するわけじゃありません。
知っていたからこと、菅野という友人と意気投合できました。
たしか菅野が言ってました。「ライブのあときていた障害者を放り投げたと」もちろん受け止めたようです。(これって、普通は胴上げかな?)
等身大であるから、菅野は惚れたんだと。

「友よ、歳はとったが想いは変わらない」rararai

日高見の地でまた会いましょう。そして「さあ、もういっぺん」
本当にいい唄作ったもんだ。30年以上前、朝まで聞いていたこと、死ぬまで忘れられないだろうな。インターナショナルよりも、俺の心をぶったたいたんだから。

気分を害するファンの方もいるでしょ。あえて言います、私はファンじゃないと。
なんなのか風が知ってますよ。










 

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